自然の息づかいを笑写するブログ

遠くの観光地に行かなくても、身近にある自然が、あなたが来るのを、今か今かと首をながーくして待っています。自然は 喜ばせごっこ、おもてなしごっこ そして不思議な世界で溢れています。自然の笑アップを写し込んでアートにしています。

県民性はどのようにして出来上がるのか。一番の要因は、気候とか地理

 

 

発見は外の視点から

  

 県民性はどのようにして出来上がっていくのだろう。

  

 一番の要因は、気候とか地理です。

 

 例えば、平野の真ん中に広く、ゆるやかに流れる川の近くに生まれ育った人は、ゆったりと

した感性を養いやすい。同じ川でも、山あいの上流だと細くなって、流れの速さや深さも変わ

る。日の当たり方も違う。それによって人の考え方や気質も変わってくると思うんです。

 

 その地を統治していた権力者の影響も大きいですね。殿様が「とにかく一生懸命働け」とい

う国と、「仕事も大事だけど、息抜きも大事」という国では、人々の雰囲気も違ってくるで

しょう。

 

 現代は交通手段が発達し、その地にずっと住むという人は減りましたが、昔からの慣習や庶

民の息づかいは、まだまだ残っています。それがその地のDNA(遺伝子)みたいになってい

るように感じます。

 

現在、地方の活性化が大きなテーマとなっている。どこも皆、奮闘しているが、そこに県民性

を生かすことはできないのか。

  

 戦後の経済発展とともに、地方は、個性を失っていきました。みんな「都会」になろうと躍

起になったんですね。

どれだけ都会化したかが、その地域の発展度を計る物差しになっていましたから。道路は舗装

され、建物も立派になっていきましたが、「都会」にはなりきれず、「都市」にとどまってし

まった。

 

「都会」っていうのは、文字通り、人と人が「会う」、行き来が多い場所のこと。

でも、「都市」は、建物や駅など、ハードの面ばかりに目がいって、人同士の交流が減ってし

まう。気が付いたら、町の中心はもぬけのカラ状態で。「心の空洞化」が「町の空洞化」を招

いたと言ってもいいでしょう。

 

 半面、「もの」ばかりでなく、「人」「こと(地元行事など)」の大切さに気付き、地元の

魅力をうまくアピールできている地域もあるということです。

 

 でもまあ、地域の活性化を考える際、あまり県民性にこだわりすぎると、かえって視野が狭

くなっちゃうんじゃないでしょうか。もっと自由に考えた方がいい。県民性って、普段は意識

していなくても、ここぞという時、考え方や行動に勝手に出てきちゃうものですから

  

 若者は、東京など都会への憧れが強い。一方で地元志向、田舎好きも増えている。未来を担

う、各地域の若い読者にメッセージを!

  

 地域活性化のカギを握っているのは、「若者」「ばか者」「よそ者」だと言われます。「ば

か者」なんていうと誤解を招くかもしれませんが、要は、「常識的な枠からはみ出した発想・

行動をいとわない人」のことです。

 

 もちろん、どこの地域にも商売の上手な人、人をまとめる力に長けた人は大勢います。で

も、同じ所でずっと暮らしていると、地元の良さが当たり前になってしまって、かえって気が

付かないことが多い。

 

 そこで、「よそ者」=「外からの視点」が必要になってきます。それによって自分たちが住

む地域の魅力に気付き、それを生かすための知恵も湧いてくる。化学反応みたいなものです。

「触媒」があると、反応が加速しますよね。その役割を果たすのが「若者」だと思います。地

方の活性化は、地元「単独」ではできません。

 

 地域を熟知した人たちと、新しい見方を持った人たちの連携が、これからさらに重要になる

だろう。  

 若い人の中には、「自分にそんな特別な力なんてないよ」という人がいるかもしれません。

確かに、今はまだ「自分はこれで貢献します」と言える人の方が少ないでしょう。50代、

60代の人に比べれば、「骨」がまだしっかりしていませんから。

 

 でも、断片的で浅いかもしれないけれど、若者の情報量や柔軟さは本当にすごい。自分たち

の地域を元気にするのに必要な材料をいっぱい持っていると感じます。自分をじっくり見つめ

る余裕なんてない社会かもしれませんが、「自分」の幅、世界を縮めるんじゃなくて、あれも

これもと挑戦しましょう。

 

 千葉県の房総半島南部は、江戸時代まで「安房」と呼ばれていました。太平洋に面した四国

の東南端「阿波(徳島)」の地から、遠い昔、黒潮に乗って渡来した人たちが住み着いた地だ

からです。今から思うと、すごいことですよ。こんな冒険心のある県民性に大いに学びたいで

すね!