自然の息づかいを笑写するブログ

遠くの観光地に行かなくても、身近にある自然が、あなたが来るのを、今か今かと首をながーくして待っています。自然は 喜ばせごっこ、おもてなしごっこ そして不思議な世界で溢れています。自然の笑アップを写し込んでアートにしています。

ユネスユ無形文化遺産登録されている、「和食」の歴史を紹介

 フォト遊楽

  富士と語る

 

 「和食」は今、日本にとどまらず、世界から注目されて   いるよ

f:id:sizenasobi:20181202153026j:plain

山梨市フルーツ公園から

 

 

 

 

和食がユネスユ無形文化遺産に登録されました。そこで「和食」の歴史を紹介してみます。

 

「和食」という言葉の成立は、西洋料理(洋食)の移入を契機とするもので、近代以降のことにすぎません。

広義には日本人が作り出した日本にしかない料理と定義することも可能で、寿司・テンプラ・

スキヤキのほか、カレーライスやラーメンなども含まれます。

 

しかし狭義には、ご飯に一汁三菜を基本とし、カツオやコンブの出汁を用いた伝統的な料理と

いうことに なります。

 

狭義の「和食」であれば、その成立は室町時代(一五世紀頃)の本膳料理に求められます。

しかし、それ以前にも日本社会の上層で用いられていた料理の様式がありました。

 

記録に残るもっとも古い儀式料理は、平安時代大饗料理で、これは料理の品数が偶数阻みで

あるほか、台盤という食卓を用い、箸と匙(さじ)が添えられるなど、中国料理の影響を強く

受けています。

 

また調理技術は非常にシンプルで、銘々が口にする時に好みの調味料で味付けしていた。それ

鎌倉時代の精進料理に至って、植物性食品を用いながら動物性食品のような味を出す工夫が

重ねられた。このため調理技術が高度な発展をみたが、これも僧侶たちが中国の禅宗寺院から

学んだ料理でした。

 

それが書院造りや畳・床の間など、いわゆる日本的な伝統文化が発達した室町時代になって、

大饗料理と精進料理の長所を、日本風にアレンジし「七五三の膳 組という奇数を基本とする本

膳料理が登場した。これが「和食」の成立です。

 

出汁のベースとなるコンプやカツオの流通も盛んとなったほか、味噌・醤油あるいは酒・酢な

どの発酵調味料の技術が発達して、日本独自の料理法が確立をみました。

 

さらに茶の湯の発達は、茶事用の食事として懐石料理を産んだ。これは質素を旨として、一汁

三菜を理想としたため、本膳料理の一部を切り取りつつ、これを最高の料理に仕立て上げた。

茶の湯には、一期丁会という思想があり、どの茶会も一生に一度きりのものであるから、その

出会いを大切にしたのです。

 

f:id:sizenasobi:20181202153409j:plain

フルーツ公園から

 

それぞれの季節で最高の旬の食材を用い、彩りを重視して器との相性や盛付に配慮し、料理の  

温度にまで気をつかうという〝もてなしの心〟が求められ。

 

きらに食事空間を、どのような書画や花器・花々で飾るかという〝しつらえの心も大切とさ

れた。こうして懐石料理は、戦国期に「和食」の最高峰に達しました。

 

ただ、これらの儀式料理までは食べる人間や場所・時間が定められていましたが。それが江戸

時代に入ると、料理屋が登場し、いつでも誰でも金さえ出せば、酒を伴う会席料理が味わえる

ようになり、庶民文化となったのです。

 

また醤油・酢・味琳といった発酵調味料の大量生産が始まり、これらが広く流通したことで、

江戸時代に「和食」は、人々の身近な存在になったのです。

 

 

ユネスユ無形文化遺産に登録された、日本の和食の歴史も味わい深いものです。