自然の息づかいを笑写するブログ

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西郷隆盛には、様々な誤解がある 内向的で、きちょうめんな人柄

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    西郷隆盛には、様々な誤解が 内向的で、きちょうめんな人柄

 

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今年は、日本を近代国家へと導いた西郷隆盛の没後140年です。明治維新150年の明年は、NHK大河ドラマ、「西郷どん」が放送され、間もなく終わろうとしています。

 

西郷隆盛には、様々な誤解が付きまとっており、それを解くことが人物を知り得る鍵になります。

 

まず外見に関してですが、皆さんが写真だと思っている教科書等に乗っているイメージは、弟の従道や、いとこの大山巌をモデルに描いた肖像画です。

 

坂本龍馬などと違い、西郷の写真は見つかっておらず、正確なイメージをつかむことができません。

 

ただ、文献等から5尺9寸 約180センチ 20貫 約109キロの大きな体格で、眉が太く目が大きかった事は間違いありません。

 

豪快な性格と思われがちですが、どちらかと言うと内向的で、きちょうめんな人柄でした。

 

剣術に関しても、10代の時に筋を切ってしまい、刀を握れなくなったようです。そろばんが得意で今で言う理数系のタイプだったと見ることができます。

 

ただ同時にリーダーとしての魅力も備えていました。私利私欲を排し、迷いがなく勇敢だった。

 

だからこそ、多くの人々に親しまれたのでしょう。

 

ちなみに、西郷どんのどんは、上から目線の言葉ですが、実際は「太目」「太身」「太肝」、というあだ名で親しまれていたようです

 

 

西郷隆盛はお酒をほとんどたしなまず、刀剣の収集にも無縁だった。数少ない娯楽の一つが「狩り」でした。特に、兎狩りを好み狩猟用の犬をたくさん飼っていました。

 

東京、上野の銅像で西郷の連れている犬は「ツン」といいます。西郷隆盛が体操かわいがっていたようです。

 

西郷隆盛の名言を集めた「南洲翁遺訓」、1868年にこの遺訓を編さんしたのは、薩摩の人間ではなく、敵方の庄内藩の藩主と藩士達でした。

 

1868年、西郷率いる官軍が、庄内藩主の居城に入城しました。当時勝将軍が暴行などに及ぶ事は珍しくありませんでしたが、そうした事は皆無でした。

 

武士道に敬意を払い、武士道に生き抜いた西郷らしい現実的でかつ寛大な処置でした。