自然の息づかいを笑写するブログ

遠くの観光地に行かなくても、身近にある自然が、あなたが来るのを、今か今かと首をながーくして待っています。自然は 喜ばせごっこ、おもてなしごっこ そして不思議な世界で溢れています。自然の笑アップを写し込んでアートにしています。

西郷隆盛が目指したのは、四民平等の世界

 

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雲のアート 西郷が目指したもの

 

 西郷隆盛が目指したのは、四民平等の世界です。

そのために「明治維新」という革命を断行し、約300の藩と約200万人の武士に自己犠牲を強い、封建的な身分社会を葬り去ったのです。この結果、天皇中心の中央集権国家となり、近代社会へと移行できたわけですから、その中心人物である西郷は「明治維新の最大の功労者」です。

 

「命もいらず、名もいらず」

 西郷隆盛は、光の当て方で放つ色が違うプリズムのような、巨大な人物です。

 また、彼に接した人の姿を映し出す「鏡のような人物」ともいわれます。

 明治維新の最大の功労者でありながら、最後は西南戦争で自決する悲劇の主人公です。権力の系譜ではなく、弱者の味方です。圧倒的に大衆に人気があります。

 彼の人気は、「西郷どん」という鹿児島特有の呼び名にも表れています。庶民の日常会話から「西郷」が「せご」、「殿」だった敬称が親しみを込めて「どん」となり、「西郷殿」が「せごどん」となったのです。

 歴史上の人物で庶民に愛された人物はいるでしょうが、「西郷どん」とまで敬愛を込めた愛称で呼ばれる偉人を私は知りません。

 民俗学者であり、「釈迢空」と号した歌人折口信夫は、ある時、門下の岡野弘彦さんに「西郷はなぜ偉いか」と問いました。岡野さんは答えられませんでしたが、折口は「三界に身のよるべなき月照と 心中をとげし 西郷ぞよき」と(藝能学会誌「年刊藝能」第24号)。月照は、勤王派の僧です。西郷は、月照と共に死ぬ決意をして、冬の海に飛び込みました。折口は、西郷の偉大さは「友のために自分の命を捨てられること」と言ったわけです。

 『南洲翁遺訓』には、西郷隆盛山岡鉄舟について語ったとされる言葉があります。山岡は、江戸城無血開城を決めた勝海舟と西郷の会談に先立ち、西郷と単身、面会しました。

 「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」

 この言葉は西郷の真情であると私は思います。友を信じ抜くからこそ、命も名もいらず、官位も金もいらない生き方ができるのです。

 

郷中教育で育まれた生き方

 薩摩藩には、「郷中教育」と呼ばれる教育制度がありました。青少年を「稚児」と「二才」に分け、勉学・武芸などを通して、一人一人の能力を最大限に発揮させました。

 芋をおけの中に入れて棒でかき回すことを「芋こじ」と言いますが、芋と芋は互いにぶつかり合い、汚れはきれいに落ちます。同じように、郷中教育は、子どもたちが互いに切磋琢磨する集団教育であり、人材育成です。

 当時は封建社会ですから、「郷中」という地域の仲間は運命共同体。西郷と大久保利通は、同じ地域の出身です。

 郷中教育はもちろん、家庭教育の基礎となったのが『日新公いろは歌』です。

 「日新公」と敬われた島津忠良が、人の道を分かりやすく教えるために歌の形にしたもので、薩摩藩士の精神性の根幹であり、誰もがそらんじていました。

 「心こそ軍する身の命なれ そろゆれば生き揃はねば死す」――心一つに臨めば、必ず勝利します。西郷ら薩摩藩は新しい時代を築くため、志を一つにして挑みました。

 「楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは高き卑しき」――どんな立派な家に住む人も貧しい小屋に住む人も、心が清く正しければ高貴であり、そうでなければ卑しい。人の真価は、心の在り方で決まります。地位や立場ではありません。

 「つらしとて恨みかへすな我れ人に 報ひ報ひてはてしなき世ぞ」――相手から、どんなにつらいことをされても、相手に恨みを返してはいけない。明治維新という革命を遂行するに当たり、西郷は抵抗勢力には心を鬼にして臨みました。しかし、大勢が決すると、心を仏にして寛大に対処しました。

 こうした人生の知恵を、西郷は仲間と一緒に学び、激動の時代を生き抜いたのです。

 

「無力感」を打ち破るために

 明治維新から150年を迎え、私は西郷が「今の日本はこれでいいのか」と問い掛けているような気がしてなりません。

 新しい時代を切り開くためには、まず、現状に対する強烈な危機意識を持たなければなりません。「今の世の中は、これでいいのか」。これが変革のスタートです。

 危機意識を持った時の行動基準は、「やれるか、やれないか」ではありません。「やるべきか、やらざるべきか」です。今の人は、行動する前に結果を考えてしまう傾向が強いので、「できそうならやる」「できそうもないなら諦める」となりがちですが、幕末明治の人は「やるべきか、やらざるべきか」。現状に立ち向かうパワーが全く異なります。

 現代の大きな課題は、「無力感」でしょう。「自分一人が行動しても、何も変わらない」という空気が、特に若者の間にまん延しています。これは、目標となる人物、道しるべとなる人物を示せない大人たちにも原因があります。

 人間教育が大切です。子ども時代から訓練し、無力感を打ち破らなければ、輝く未来はありません。西郷の生き方も、彼が大人になってからではなく、郷中教育という人材育成の中で育まれました。

 もう一つ加えると、逆境が人を強くします。西郷の人格形成において、離島(奄美大島、徳之島、沖永良部島)に流された5年間の体験は大きかった。彼はこの時期、人間という存在を、とことん突き詰めて考えたのでしょう。

 今、「モデルとなる人物」がいない時代といわれます。だからこそ、「西郷どん」をぶつけてみたいのです。

 

話 はらぐち・いずみ 1947年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学法文学部教授を経て、同大学名誉教授、志學館大学教授。専門は、日本近世・近代史、薩摩藩の歴史。NHK大河ドラマ翔ぶが如く」「琉球の風」「篤姫」「西郷どん」の時代考証を担当。著書に『西郷どんとよばれた男』『西郷隆盛はどう語られてきたか』など多数。