自然の息づかいを笑写するブログ

遠くの観光地に行かなくても、身近にある自然が、あなたが来るのを、今か今かと首をながーくして待っています。自然は 喜ばせごっこ、おもてなしごっこ そして不思議な世界で溢れています。自然の笑アップを写し込んでアートにしています。

江戸の南町奉行に指名された矢部定謙は、遠山の金さん」よりも名奉行

 

遠山金四郎より優れた矢部定謙という名奉行がいた

 

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                         一度会いたい・・・

 

 天保十二年(一八四一)に江戸の南町奉行に指名された矢部定謙は、同時代の北町奉行だった「遠山の金さん」こと景元(かげもと)よりも名奉行として聞こえた。その名裁きのひとつを紹介。

 

 当時、江戸の新吉原といえば遊郭であり、遊女たちを抱えた遊女屋が軒をつらねていた。遊女たちの多くは貧困家庭の出身で、M女はその一軒から五十六両を借りた代わり、十七歳から二十五歳まで年期奉公をする契約で遊女となった者だった。

 

 ところがM女は十九歳になっていたこの年、店に付火をして脱走を図り、矢部定謙の吟味を受けることとなった。火付をした者は、火刑(火倍り)に処されるのが時代の定法である。

 

 だが、M女と一問一答をくり返すうち、なぜ付火をしたかが判明した。M女は田舎の父が病みついたと知り、店の主人にさらに五両の薬代を前借りしようとした。しかるに主人は、これを許さない。困惑したM女は付火をして脱走すれば父に一目会えると思い、大罪を犯してしまったのだ。

 

 奉行所の白洲(しらす)で刑を申しわたす段になった時、定謙はM女に告げた。病床の父に五両送りたいとは奇特な志につき、奉行所からその五両を貸し与えよう。

 

 嬉し泣きしたM女が刑場へ向かおうとすると、定謙はまた告げた。その方を火刑におこないはするが、それは五両が返済されてからのことだ。年に一朱(しゅ)ずつ返却させ、完済するまでは親戚預けとする。

 

一朱とは十六分の一両のことだから、一年に一未だと五両返却するのに八十年かかる。M女は九十九歳になってしまう計算だ、といえばおわかりだろう。定謙はM女の心情を哀れみ、実質上無罪としたばかりか父の薬代まで出してやったのだ。

          

 この定謙は「手の利きたる人」と高く評価された。これは有能にして決断力に富む人物、という意味。

 

こんな名奉行がいたとは、驚きです。